監修者・神田昌典

まずは、この本を読む価値を

あなたに手間をかけることなく、シンプルにお伝えしよう。

 

パラパラと本書をめくってみると、数ページごとに図表が目に飛び込んでくる。

総図表数61点、しかも、そのひとつひとつは、顧客97,176人を対象とする調査の分析結果を凝縮したエッセンスだ。

一点一点が、ひとつのプレゼンテーションの題材になるほどの情報価値がある。

原書”The Effortless Experience“を手にしてからというものの、私は講演会で、本書の調査結果を引用することが多い。なぜなら本書は、複雑に絡みあって動けなくなった組織を動かし、顧客が買いつづける事業へ改革するために必要な、データの宝庫だからである。また、そうしたインパクトのある情報を、原題のとおり”努力いらず“で、伝えられるからだ。

 

たとえば今、あなたにご覧いただきたいのは、20ページの図1.3「カスタマーサービスがロイヤルティ与える影響」だ。今までのビジネス常識では、期待以上のサービスを提供すれば、顧客ロイヤルティ ― すなわち顧客であり続ける期間や、顧客がもたらす価値は、著しく高まると考えられている。しかし調査結果は、それが幻想だったことを明らかにする。顧客の期待を上回るサービスの提供は、ロイヤルティにとってほとんどメリットがないというのだ。

さらに幻想だったのが、カスタマーサポートと顧客とのやりとりは、ロイヤルティを高めるという常識だ。図1.5「カスタマーサービスが顧客ロイヤルティに及ぼす影響」(P31)によれば、カスタマーサポートと顧客とのやりとりが発生すれば、ロイヤルティを高めるどころか、4倍もの悪影響を及すという。

誤解をおそれず言うなら、顧客の期待を超える「おもてなし」は、業績にはほとんど関係がなかったということだ。統計的分析によれば、顧客ロイヤルティを高めるのは、「顧客に手間をかけないこと」。それだけが、有意な相関関係を示したという。

本書はこのように、いままでビジネスで常識と思われてきた通念を、次から次へと覆していく。

 

その結果――、私たち日本人にとって、大きな疑問を突きつけることになった。

今まで顧客満足を高めるために取り組んできた「おもてなし」とは、いったい何だったのか?

研究結果によれば、顧客サービスはそこそこでよく、顧客に手間をかけさせないことが重要だということだ。「ならば、この本は、おもてなしを止めろというんだな」と、早急な結論を下すのは、ちょっと待ってほしい。なぜなら本書が見出そうとしているのは、「顧客の期待を超えるサービスは必要か、必要なしか?」という単純曖昧な問いの答えではなく、「顧客満足と収益とのバランスを保たなければならない中で、カスタマーサービスは、どんな行動にどれほどの労力を費やすべきか?」という、具体的行動をもたらす問いの答えだからである。

これは「働き方改革」を進めていくうえで避けてはとおれない大切な問いだろう。

いままで長時間働くことが美徳とされた環境下で高められてきた日本の「おもてなし」は、もはや次の段階へと進化しなければならない。そのための糸口をつかむために必要なデータの宝庫が、あなたが手にしている本書なのである。

 

頁をめくりはじめると、掲載されている事例の多くはサービスオペレーションに関わるものなので、本書ノウハウは、顧客サポート業務やコールセンター業務に携わるものを対象とするように思えるかもしれない。しかし、この顧客ロイヤルティを高めるノウハウは、経営者・経営幹部はもとより、マーケターや営業スタッフこそ読むべきだと、私は考える。

実際に、中核となる著者のマシュー・ディクソン氏は、いままで『チャレンジャー・セールス・モデル』(海と月社)『チャレンジャー・カスタマー』(未邦訳)というセールス分野の良書を次々と出してきたコンサルタントである。しかし、どんなにセールス手法を極めて新規顧客を獲得したところで、顧客の流出がとまらなければ、業績はあがらない。そこで、「どうすれば顧客との取引関係が長期的に持続するようになるのか?」 ―― この関心の先に、ディクソン氏らは、サービスオペレーション分野の研究をはじめたのに違いない。つまり営業分野の専門家が、顧客ロイヤルティを高めるために見出した突破口が、本書の原題である『努力いらずの経験』だったわけだ。

「感動サービスよりも、顧客の手間を省くべき」という結論は、おもてなしを誇りとしてきた日本的ビジネス慣習を真っ向から否定するように思える。だから、この分析手法自体に異議を唱える人や、米国とは事情とは異なるから、日本には当てはまらないとする見解も現れることだろう。しかしながら、よく読んでみれば、本書はおもてなしを否定するどころか、むしろ今までのおもてなしを、事実に基づく新しい手法で、さらに次のレベルに引き上げていくことがわかるだろう。

このように、おもてなしを否定しているわけではない本書に、あえて私たち監修者たちが『おもてなし幻想』という邦題をつけたのには、理由がある。「幻想」というぐらいに、いままでの「おもてなし」を見直していかなければ、インバウンド需要が今後も伸びていくなか、日本のビジネスは、間違った方向性に突き進む危険性があると考えたからだ。

たとえば日本の、とくに都内のタクシーは、とくかく清潔で綺麗。運転手のマナーは超一流だ。しかし「シートベルトをお締めください」「お忘れ物はないでしょうか」「どのルートで参りましょうか」など、マニュアル化されたセリフを、何度も繰り返す。おもてなしの本質を理解していないから、もはや「おもてなし」ではなく、「おせっかい」に成り下がってしまっている。

外国人の立場から見てみよう。タクシーから降車するとき、驚くほど多くの決算手段はあるけれど、自分が使えるものは現金しか使えない。仮に使えるカードや電子決算があったとしても、サイン伝票や領収書が印刷されるのをじっと待っていなければならない。乗車して降車するまで、いっさい何の手間もかからないUBERを体験している外国人からみれば、日本のタクシーは、丁寧だけれど、手間を強いるのだ。

これは、タクシー業界だけの話ではない。

あなたの業界でも同じような悪習がないだろうか?

もしあるなら、より一層のおもてなしを積み重ねていくのではなく、どれだけ顧客の足元から不便を取り除けるか? それに目を向けなければ、「おもてなし日本」は、私たちの意図とは逆に、顧客の流出を加速させてしまうことになりかねない。

この愚かな間違いを犯すまえに私たちは、働き方改革下での、新しいおもてなしの方法は、何なのかを考えてなければならない。そのきっかけとしては、本書の調査研究は、格好の材料をくれる。とくに第四章で展開されている「経験工学」という考えは、コミュニケーションという仕事の本質にかかわるものであるため、顧客サービス担当、営業スタッフをはじめてとして、すべてのビジネスパーソンにしっかりとお読みいただき、身につけていただきたい内容である。

 

あなたよりも一足先に本書を精読し、得られた衝撃はあまりにも大きかったため、

あと30ページは、この前書きを書き続けたいのではあるが ――、

おせっかいだ、と言われる前に、この画期的な研究結果を、膨大な手間をかけて生み出した、素晴らしい著者たちにバトンを渡すことにしたい。

 

日本のおもてなしを、新しいステージへと導く研究結果の数々を、

これからご提示いただくことにしよう。


神田昌典によるオーディオ・ブック&セミナー

『実学M.B.A.』


音声レクチャー その1

『おもてなし幻想』の原著
”The Effortless Experience"

の凄さを
神田昌典が、熱く語ります(Vol.185:32分)

音声レクチャー その2

同著者マシュー・ディクソン氏による、
最新営業ノウハウ

”Challenger Customer"

(未邦訳)を神田昌典が、

唸りながら語ります(Vol.186:31分)
 

 

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